太平洋不知火楽団と笹口騒音ハーモニカ

太平洋不知火楽団と初めて知り合ったのは3、4年前の長野遠征ツアーの時であった。事前に彼らのマイスペースを見ていたので、彼らが東京の連中だということは認識していたように思うが、実際に会って、挨拶して、ライブを見て、そしてまた挨拶して別れてからも、どうも彼らが東京にいるというイメージが湧かなかった。初対面の東京のバンド同士が、ただ単純に長野の諏訪という地方のライブハウスで出会ったためであるかもしれない。彼らに都会っぽさを感じなかった。とどのつまりそういうことなのかもしれない。都会っぽくないといえば、オレたち赤い疑惑にもあてはまるのかもしれない。


フジロックの ルーキーステージに出たバンド、ということで彼らの名前を知っていた。マイスペースで音を聞いた時、なかなか面白いと思った。ザゼンボーイズやその他のオ ルタナティブロックの影響を強く感じさせる音だったが、ギターにダビーなエフェクトがかかっていたり、轟音に負けないボーカルの存在感が強烈だったり、と にかく気になるバンドだと思った。その印象はライブを観ても変わらなかったし、特に彼らの人間性が気になるようだった。

彼らの中で最も社交的なのがベースの大内君だった。彼は赤い疑惑をすごく好いていてくれたこともあったのか、長野のイベントの終了後、ライブハウスの前で何かいろいろと話した。最も社交的な大内君は吃りを持っていた。吃りというのは差別語なんだろうか。大内君は普通の人よりは言葉が出てくるのが遅いが、オレは彼に大分感心をもった。何だかヒューマニズムを感じる若者だと思った。

その後、大内君に会ったのは2年前のフジロックの時だったか。仲良くしていたEKDがフジロックの深夜に出るというので、オレ達赤い疑惑は、「ただで観られるステージ」だということを建前にして、オレ達に声かけてくれないフジロックに行ってあげることにしていた。いや、純粋にEKDが大きいステージでやるのを観に行きたかっただけなのだが。ともかく、夜車で東京を出て楽しい深夜ドライブの後、会場に到着し、そしてEKDがプレイするクリスタルパレスに向かっている時だった。オレ達はそこで偶然に太平洋不知火楽団の大内君に出会った。オレ達が、フジロックにEKDだけを観に来たことを告げると、彼は興味を示し、じゃあ僕も後で行きます、と答えた。EKDのライブは感動的な盛り上がりだったが、ライブが終わって興奮冷めやらぬオレが、そのフロアーでみつけた大内君はオレと同じように上気した顔をみせた。「いやあ、かっこよかったです、EKD」。オレは大内君と手を握りあった。

それからしばらくして、オレ達は太平洋不知火楽団を企画のライブに誘い(その時はEKDにも出演してもらった)、太平洋不知火楽団のライブに誘われたりした。そんな風に仲良くなった太平洋不知火楽団だったが、実はオレは大内君以外のメンバーとはそこまで話した記憶がなかった。ところへ先日、オレが一人でやっている「ねろ」という弾き語りで、たまたま太平洋のボーカル笹口君とブッキングされたのである。オレはやはりまた、事前に興味を持って笹口君の弾き語り、その名も「笹口騒音ハーモニカ」を、今度はユーチューブでチェックした。たまたま観ることになった「SAYONARA BABY BLUE」というその曲を聞いてオレはすっかり感動してしまったのだった。それは太平洋不知火楽団を聞いた時よりも正直印象的だった。


弾き語りライブ当日、オレの弾き語りの後に演奏した、初めてみる笹口君のステージは正に圧巻だった。オレは普段ワールドミュージックと呼ばれる音楽ばかりを聞いているが、日本語の曲はいつでもすっと入ってくるから、詩がよかったりするとグッとくることが多々あるのだが、笹口君のステージは初めから終わりまでオレの琴線を震わせるようだった。メロディーも、ギターも、声も、歌詞も素晴らしかった。それだけじゃなかった。ちょっと客をあしらうようなふざけたことを言ったかと思うと妙にカワイイ言い訳を始めたり、彼の癖なのかマイクスタンドのネジをしきりにいじったり、「どうもこんばんは、笹口騒音ハーモニカです。あっ、間違えた、あっ、どうもこんばんは、ボノです。アイルランドから来ましたー」と挨拶したかと思うとおもむろにU2のカバーを唄い始めたり、彼のそういう一個一個の演出が、いったい本気なのか嘘なのか何なのか、最後までこちらに掴ませないような、ジリジリさせる見事なステージなのだ。

奇をてらったパフォーマンスというモノにオレは惹かれないのだが、笹口騒音ハーモニカにオレが惹かれるのは彼がやはり奇をてらったことをやろうとしているのではない、ということになるんだろうか。オレは彼のライブに感動して、ライブ後に、今度は太平洋不知火楽団の中心人物である笹口君本人にすぐにその感動を伝えた。彼は恐縮していたけど、その恐縮の仕方もステージと繋がっているような感じの不思議なモノだった。それが不快だったかというと、まったくそんなことはなく、むしろ好感を与える性質のモノだと思った。そしてそれは大内君が吃る感じと同等の愛着をオレに抱かせるような気がし、オレは太平洋不知火楽団というバンドの強度を改めて想像した。大内君も笹口君もコミュニケーション下手かもしれないのだが、その二人の間では言葉以上の伝達が心と音で達成されているに違いない、と勝手想像してしまったのであった。



久しぶりに、日本人のアーティストとして素晴らしい才能に出会った気がし、普段他人のライブにはあまり行かないオレが、すぐにまた、感動を確かめるべく笹口騒音ハーモニカを観に行ったのはつい先日のことだ。場所は「おんがくのじかん」という
店で、赤い疑惑にとって実はかなり縁のある方が経営しているライブバーで行われていた。笹口騒音ハーモニカのよさを、誰かと共有したかったオレは松田クラッチを誘った。クラッチは嫁も連れてきていた。その日の笹口君のライブはやはりよかった。そしてクラッチクラッチの嫁も絶賛した。オレとクラッチは笹口君から音源を買った。「お金はいいですよ」という笹口君にオレとクラッチは何故か2枚分のお金を渡して3枚のCDRをゲットしたのだった。300円とか500円という値段がつけられていて、手書きの歌詞カードがいかにも手作りの素人臭さ満点なトコロにまたグッときた。買って帰ったそのCDRに収められた曲達に、オレはそんな金額以上の価値をみつけた。彼はもっと知られるべきである、そう思った。


「おんがくのじかん」のライブでは嘘か本当か分からない「結婚プロポーズ」が行われ、嘘か本当か分からない彼女にステージ上からおもちゃの指輪を填めた。観客は嘘か本当か分からないけど興奮して大喝采を送った。とはいえ恐らく、結婚プロポーズは嘘で、彼女は本当である。ライブの後聞いたら、今度三鷹に引越してきてその彼女と同棲するのだという。オレが、三鷹は近所だよ、と言うと、じゃあ、是非ご近所付き合いお願いします、という。嘘か本当か分からない。何だか社交辞令を言われているような気がするが、笹口君が本当に三鷹に引越してきたら、絶対ご近所付き合いしてやろうと思っている。笹口君は嘘か本当かわからない。でも多分本当である。嘘か本当か分からないけど、嘘のつけない質だと思う。